DIGIT通信journal

DiGiT通信Vol.52 -健全性の定義について-

2019.10.30

 

第52回「健全性の定義について」

前回のメルマガで「健全性の確保」ということについて触れました。それは最近耳にする「SDGs」とも通じるものがあるようです。「SDGs」すなわち、「持続可能な開発目標」は、2015年に国連サミットで採択されました。健全性を確保することは、持続可能な開発目標に近づくこととも言えます。

先のHealthy companyに当てはめると、
・健全な人材開発:倫理観があり建設的で、相手を思いやれる人材を育成する
・健全な生産性:利益が出るからといって無謀な生産計画を立案したり、働き手無視の時間シフトを組んだりしない。
・健全な利益:真っ当な経済活動による正当な利益の追求。

といったところになるのでしょうか。そしてそれらは、SDGsに一脈通じていると感じるのは自分だけでしょうか。

さて、ここ最近「先見経済」という刊行物にこれからの人事のあるべき姿と持つべき視点というタイトルで寄稿させていただいています。第1回目では、明治から大正、昭和にかけての人事制度の変遷を簡単にまとめさせていただきました。寄稿のために色々と調べるうちに、今の日本の労働環境は、明治時代のそれに似通ってきたのではないかと思い始めました。今回のメルマガから少しずつその内容を転載させていただきます。

1.日本の人事システムの変化

「日本の人事システム」というと大げさに聞こえますが、皆さんになじみの言葉で言うと、「番頭」「手代」「丁稚」という役職がその典型です。師弟制度の一つでもありますが、今風の言葉で言うと、いわばスキル別役職制度。経験や能力に応じて役職を与え、賃金を決め、組織を形成していました。

明治時代
明治時代に入ると、現代でいうところの「企業」は、たくましい変化を遂げていきます。士農工商という身分制度が崩壊し、富国強兵策により経済発展を優先させた日本。その中でもっとも豊富だった経営資源は「ひと」でした。それまでの経済を支えてきた農業は、幕府の搾取政策により疲弊していたと考えられます。明治維新自体が経済困窮していた下級武士による蜂起から始まったわけですから、米本位制としていた経済は既に破たんしていたとみるべきでしょう。当時の身分制度によれば、武士についで地位が高いのは農業者。そしてそこには、日本経済を支えるための労働力が豊富にいました。教育が施されれば、存分に力量を発揮する者も多かったことと思います。富国強兵を人事的な側面から見ると、第一次産業から第二次産業への産業構造の転換であり、人材シフトでした。少し前まで鍬や鋤をもって経済を成り立たせていた労働力は、急速な工業化の進展と人口の増加もあって、農家から商家などへシフトしていきました。鍬と鋤は、筆とそろばんへと変化していきました。とはいえ黎明期のこの動向は雇う側にも雇われる側にも、時代についていけるか、スキルは満たされているかといったマッチングリスクがあります。マッチングリスクが高まると、当然に労働流動性は高くなっていきます。今風の平均勤続年数などのデータがあれば、一部の管理職以外は、いわゆるジョブホッパー的な動きが当たり前だったはずです。

労働流動性の高まりによって、優秀な管理スキルが必要になり、エリート育成・教育が進められることとなります。家制度が残るこの時代、優秀な養子に家督を継がせることは多く見られた事象だったようです。管理能力の向上は「冬は餅代、夏は氷代」と言われる賞与の起源や丁稚制度、ブラザーシスター制度、年功給といった、現代でも通じる制度を生み出しました。最も特徴的なのは、年功的要素です。長く勤めれば待遇が上がる、来年になれば月給が〇〇円になる、というインセンティブプランは、管理する側に都合の良いものでした。

~以下次号~

執筆者:三浦才幸

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